以下に紹介する写真は、原隼人軍医少将の個人アルバムの内、軍に関係ある写真のみを抜粋したものである。

(アルバムは原少将の御家族の写真が中心であるが、それらは当史料館の取扱対象ではないので掲載しない。

関東庁長官官邸ニ於ケル観桜会ニ集マル人々

写真右側の勲四等瑞宝章を佩用した人が原隼人海軍軍医大佐(当時)。 他の士官も全員軍医である。

撮影時期は昭和9年か10年の春。

木村仁(じん)海軍機関大佐と令夫人

木村大佐は香川県出身で海軍機関学校第20期(鈴木久武中将や宮田一少将と同期生)。 昭和13年11月15日に少将に昇任した。 その経歴は次のとおり。

昭和 7年12月 1日 大佐。第二遣外艦隊機関長
    8年 4月20日 旅順工作部長
   10年11月15日 舞鶴要港部機関長
   11年12月 1日 横須賀鎮守府附
   12年10月15日 呉鎮守府機関長
   13年11月15日 少将。佐世保鎮守府艦船部長
   15年11月15日 横須賀鎮守府艦船部長
   16年10月15日 出仕
   16年12月15日 待命
   16年12月22日 予備

岩川機関大佐家族記念写真

木村機関大佐と同じ写真館で撮影された写真で、岩川大佐は正装して瑞三や旭四等を佩用している。

旅順港における重巡洋艦摩耶甲板上での記念撮影 

旅順要港部病院での記念撮影 

後列向かって左から2人目が原軍医大佐。 前列左端が原大佐夫人。

海軍軍医少将 原 隼人

東京都出身  医学博士

昭和 7年 4月 1日 海軍航空廠医務部長
    8年11月15日 海軍軍医大佐  旅順要港部病院長
   10年11月15日 霞ヶ浦海軍航空隊軍医長 兼 軍医学校教官
   14年11月15日 海軍軍医少将  舞鶴海軍病院長
   15年11月15日 出 仕
   15年12月16日 待 命
   15年12月21日 予 備