鉄道第二・第六・第九・第十一・第十二・第十五・第十七聯隊

(其ノ一)

(平成11年11月15日初掲、同21日増補改訂、平成14年8月28日増補改訂)

鉄道第二聯隊跡は、千葉県のJR総武線津田沼駅前にあり、現在は千葉工業大学や住宅等となっている。

兵舎等の建物は昭和40年代から50年代頃にかけて次々と取り壊されたが、旧正門(上掲写真)は同大学の「通用門」としてほぼ往時のまま保存されている(門扉は戦後のもので、歩哨舎は取り壊されている)。

当地では、鉄道第二聯隊の他、鉄道第六聯隊、鉄道第九聯隊、鉄道第十一聯隊、鉄道第十二聯隊、鉄道第十五聯隊および鉄道第十七聯隊も編成され、十七聯隊は終戦時当地に駐屯していた。

鉄道第二聯隊は、鉄道聯隊の1コ大隊を基幹として大正7年10月津田沼で編成された。 通称号:線五八〇三、最終聯隊長は越川外次郎中佐。 関東大震災時には関東戒厳司令官の指揮下で鉄道の復旧に従事した。 昭和12年後半から北支に出動して、京漢線、津浦線、石太線、朧海線などの占領、開拓及び運営に当たった。 そののち、満洲のハルビンに移駐し、さらに昭和20年4月には九州に移駐、同地で終戦を迎えた。

戦前の鉄道第二聯隊兵営の空中写真