大阪城内の戦跡(2)

(大阪市中央区大阪城1−1)

京橋口

かつては第四師団司令部等の警護のため歩哨が立っていた。

狛犬

この狛犬は、昭和15年(1940年)夏に、大陸の陸軍部隊から当時城内にあった大阪陸軍兵器支廠に宛てて兵器と共に送られてきたものだという。添え書きには誰かに献上するよう書かれていたというが、山里曲輪の姫門跡の石垣の上に置かれていた。

戦後、昭和58年(1983)年に中国への返還を求める動きもあったが、中国側はこれを改めて大阪市に寄贈した。狛犬の傍らに、「中日友好万古長青」と刻まれた石碑がある。

豊国神社北側石垣の地下壕出入口

撮影時は草で覆われて正確な位置は確認できなかったが、写真中央付近とその少し左付近の石垣下端に各1カ所ずつ合計2カ所の出入口が今でも残っている。

多聞櫓

衛戍監獄の裏側にあたるところに大きな多聞櫓がある。昔の第四師団関係の将兵の写真を見ると、ここで撮影されたものがよく見かけられる。

大手門

ここにも第四師団司令部等の警護のため歩哨が立っていた。

(取材:平成14年1月3日、初掲:平成14年3月8日)



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