(現、陸上自衛隊山口駐屯地)
歩兵第四十二聯隊 歩兵第四十二聯隊は、通称号:鯉五一七五、編成地:山口、軍旗拝受は明治31年3月24日。 明治29年12月、廣島で編成され、山口の兵営に入った。その後北清事変、日露戦争及びシベリア出兵に参加した。支那事変では、広東作戦に参加して虎門に上陸してこれを占領し、昭和15年6月には龍州討伐、同年9月に仏印(フランス領インドシナ)進駐、11月にハノイに進駐した。 大東亜戦争では緒戦のシンガポール攻略に参加し、第二・第三大隊を先頭に上陸に成功して、昭和16年12月9日にはテンガー飛行場の付近まで進出した。その後、ブキテマ高地も攻略してイギリス軍を降伏させ、11月からマレー半島の警備に当たった。昭和20年,アル諸島への集結中に8月15日を迎えた。終戦時の上級部隊は第五師団、所在地はタンニバル(アラフラ海),最終聯隊長は吉川章大佐。 兵営跡はその大部分が陸上自衛隊山口駐屯地の敷地となっており、兵舎は残っていないものの倉庫や聯隊長官舎が残っており大変貴重な場所である。最近まで旧聯隊本部庁舎や正門の門柱などが残っていたが残念ながら取り壊された。 |
(H15.1.5)
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