(現、陸自土浦駐屯地、霞ヶ浦高校、理想科学、農地、住宅地ほか)

 

第一号プール跡

昭和15年頃に作られた海軍時代の50mプールの跡で、自衛隊になってからもしばらく使用されていたが、霞ヶ浦から直接取水するシステムだったため、昔霞ヶ浦の水質汚染が問題となった時に使用を取りやめたという。

その後、西側の築堤が崩され、内側が廃材置場とされた。

しかし、今もコース番号の表示やレーン表示などが残っている。

真っ赤に錆びた鉄製の飛込台は当時のものである。

短艇(カッター)繋留所跡

十年ほど前に埋め立てられて、現在は駐車場になっている。

埋め立てまでは、短艇を釣り上げる短艇釣の機材が残っていた。

水上機格納庫

海軍時代の水上機格納庫で、霞ヶ浦に面して建っていた。(大正10年建築)

正面にはスロープがありそのまま水上機が霞ヶ浦に入れるようになっていた。

数年前に取り壊されており現存しない。(跡地は更地になっている。)

旧第二士官宿舎

昭和10年に霞ヶ浦海軍航空隊水上班の士官宿舎として建てられた。

同15年に土浦海軍航空隊が発足した後は、特務士官・文官教官等の宿舎として使用された。

現在は土浦駐屯地外来宿舎として使用されているが、武器学校の努力により保存状態はかなり良好に保たれている。

余談だが、昔からこの建物の2階のある部屋には幽霊が出ると言われており、「幽霊外来」とも呼ばれる。 しかしその真偽は不明である。

(平成21年9月12日更新)